2018/01/31

温故知新!FXの歴史を調べてみた

 

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KEN46
コンピュータの専門学校を卒業後、先物取引の会社に入社。3か月間の研修後、現場に配属されるも1ヵ月で退社。その後、ITバブルのころ派遣で仕事をしていた会社が上場。正社員が小金持ちになっていく姿を目の当たりにする。これまでの投資経験は1回のみだが、ビギナーズラックで利益が出た。2018年、とある事情でFXに挑戦してみることに・・・。

彼を知り、己を知れば、百戦して危うからず! 

FXで一儲けした孫子さん

ども、子供の頃、パソコンゲームの三国志や信長の野望のハマって、歴史が大好きになったKEN46です。

特に、三国志のゲームに添付されていた各武将の逸話を書いたオマケは手垢が付くほど読み返しました。

もう、ゲームに登場する武将の逸話を知っていると、武将に対する愛着もひとしおです。

そして、気がついたら好きな武将ばかりを育て上げ、活躍させて喜んでいました。

ちなみに、ぼくが三国志で好きだった武将ランキングは次の通りです。

  1. 諸葛亮孔明
  2. 司馬懿仲達
  3. 周瑜公瑾
  4. 趙雲子龍
  5. 曹操孟徳

やっぱり知将と呼ばれる武将が良いですよね(個人的には)

さて、2018年、FXをはじめようと思っているKEN46ですが、やはりFXがどのように始まったのか、今までどんなことがあったのかは気になります。

そこで、この記事ではFXのこれまでの歴史を振り返って見たいと思います。

 

戦後の為替相場1ドル360円だった頃の話

戦後、日本とアメリカの為替相場は、固定相場でした。しかも、1ドル=360円。

今では、考えられないレートですが、これも時代のなせる業です。

何故、1ドル=360円だったかと言えば、

 

円は1周360°だから・・・

 

 

嘘です。

実は、この円は360°だから1ドル360円になった説は、田中角栄がジョークで話したことが広く知られたということのようです。

本当のところは、良くわかりません。

「1ドル 360円」でググってみると、色々な記事を目にするのですが、個人的にはどれが本当なのか、全く検討もつきません。

そんな検索結果から、これが正しそうという説を紹介します。

 

戦後、日本の経済状況を調べにきていたジョゼフ・ドッジと、時の大蔵大臣池田勇人との会談で1ドル360円に調整された説

あのさ〜、1ドル330円くらいでどう?

ジョセフ・ドッジ

いや、まだムリっすよ。せめて、1ドル350円位で・・・

池田勇人

それは、こっちのメンツもあるから困るわ・・・

ジョセフ・ドッジ

しかし、こちらとしても・・・

池田勇人

 

はぁ〜、はあ〜、はぁ〜。

分かったわ。それなら1ドル360円でいこか!!

ジョセフ・ドッジ

はぁ〜、はぁ〜、はぁ〜。

はい。それでいきましょ

池田勇人

 

かくして、1ドルが360円と決まり、戦後の大復興に大きく寄与することになりました。

そして、この1ドル360円の固定相場は、1971年まで続くことになります。

世界通貨としての、ドル誕生の瞬間でもある訳です。

 

「ニクソン・ショック」から「変動相場」「プラザ合意」経由「バブル」へ

 

アメリカの信用失墜「ニクソン・ショック」

1971年、アメリカ大統領リチャード・ニクソンが突然全米に向けて次のようは放送を行いました。

  • 金とドルの交換を一時停止
  • 10%の輸入課徴金の導入
  • 90日間の賃金・物価凍結

この中の「金とドルの交換を一時停止」という内容はアメリカ議会にも知らされておらず、大変な混乱を招きました。

これが、ニクソン・ショックです。

当時、アメリカはベトナム戦争で多額の財政赤字を抱えており、世界通貨としてのドルが信用をなくしていました。

そんな中で、このような放送をしたことで、アメリカの固定相場政策が終焉を迎え、変動相場制に変わっていく大きな機会となったのでした。

ちなみに、この時1ドルは308円に切り下げられました

 

遂に始まった変動相場制

1973年4月、遂にアメリカはドルの固定相場制が維持できなくなり、日本は変動相場制になりました。

この変動相場制への移行が、FXの原点とも言える大きな転換点です。

変動相場制移行後、急速な円高で1ドル=260円台になりました。

しかし、オイルショックにより1976年末頃まで1ドル=300円前後で安定をしていました。

その後の変動相場の値動きは、以下の図をご覧下さい。

 

この頃は、まだ外国為替の取引は厳しく制限されていました。

当然、個人で為替取引を行うことができません。

1980年に「外国為替及び外国貿易管理法」が改正されて、対外取引を原則自由化して貿易等に関する為替取引が認められました。

しかし、実際に取引ができるのは、銀行などの金融機関のみでした。

個人で外貨取引をするには、各銀行が提供している「外貨預金」や「外貨MMF」が一般的だったのです。

 

プラザ合意でバブル経済突入へ

2017年、平野ノラのバブリーネタにインスパイアされた大阪府立登美丘高校ダンス部が踊った「バブリーダンス」は、YouTubeで4000万回以上再生される大人気の動画になりました。

 

このバブル時代は、ある経済合意がキッカケで始まっていきます。

それが「プラザ合意」です。

プラザ合意とは、1985年9月に開催された先進5カ国(G5)蔵相・中央銀行総裁会議で発表された、為替レート安定化の合意です。

当時、アメリカは日本に対してめっちゃ凄い貿易赤字がありました。

その赤字を解消するために、意図的に円高ドル安に誘導する事にしたのです。

プラザ合意は、1985年9月22日発表され、翌日の9月23日には1ドルが一気に20円も下落しました。

そして、1年後にはドルの価値はほぼ半減し150円台になっていきます。

この急速な円高によって、日本の企業がアメリカの資産を買い漁りました。

中でも三菱地所によるロックフェラーセンターの買収は、アメリカ国民の反発を生みジャパンバッシングの火に油を注ぐことになったのです。

 

新改正外為法施行、ついにFX導入!しかし・・・

 

1973年に固定相場制から変動相場制に移行したことにより、為替の売買で儲けることができるようになりましたが、現在のFXの仕組みはまだまだ登場していませんでした。

そんな1998年4月に「新改正外為法」が施行されました。

この新改正外為法の施行により、誰でも自由に為替取引を行うことができるようになります。

そして、ついに当時シンガポール・香港で流行していたFXが日本に導入されたのです(^^)

因みに、日本で初めてFXサービスを立ち上げたのはダイワフィーチャーズ(現在のひまわり証券)です。

 

FX業界にはびこった悪徳業者

FXは、証拠金取引という方法で取引が行われていました(現在もですが)。

この証拠金取引は、少額の資金で大きな金額を動かすことができる取引形態です。

※詳しくは、『FXとは?株、先物とは一体ナニが違うのか?』を参照してください。

その為、FXを始める個人投資家も急速に増えていきました。

特に、2000年代初頭のインターネットの急激な普及がFXの拡大に大きな影響を与えています。

この頃、金融庁はFXに十分な注意を払っていなかったようで、悪質な業者が次々とFX業界に参入することになったようです。

例えば、お客さんから預かったお金を勝手に運用したり、執拗に売買を勧めたり・・・。

新しく立ち上がったビジネスの草創期には、ある程度仕方ない面もあったかもしれませんが、この時のイメージが非常に悪く、「FX=危険」と認識した人も多かったのです。

 

2005年金融先物取引業者としての義務付け開始

そして、2005年7月、金融庁はついにFX業者及び新規参入業者に対して、金融先物取引業者としての登録を義務付けました。

これにより、いわゆる悪徳業者の排除には成功したのですが、次なる問題も顕在化してきます。

「次なる問題」の前に、2005年当時のことをもう少し解説しておきます。

2005年当時、法改正にともないマスコミにも取り上げられ、FXを始めるサラリーマンや主婦が爆発的に増えていきました

デイトレーダーという言葉が生まれたのも、この頃のことです。

特に、「24時間取引」「レバレッジ」「スワップ」といったFXの特徴が、FXトレーダーの爆発的な増加に寄与したと言えます。

因みに、24時間取引とは、国内だけではなく世界中のどこかの為替市場で取引ができる為に、そのように呼ばれています。

また、レバレッジは少額の資金で大きな金額が動かせること、スワップは2つ通貨間の金利のことです。

詳しくは、別の記事で書きたいと思います。

このようなFXの仕組みを駆使して、主婦が少額の資金から投資を始めて億越えの資産を形成するという話もちらほらと聞かれるようになりました。

しかし、一方で、初心者の無謀ともいえる投資が問題になったのです。

レバレッジによるリターンは強烈ですが、それと同じだけのリスクも存在します。

そのリスクが一気に現れたのが、あのサブプライムローン問題です。

 

2007年サブプライムローン問題発生、そして

実は2005年から2007年初頭までは、ずっと円安が続いていた時期です。

この時期に、FXをやっていた人たちは、年間を通じて利益を得やすい局面を迎えていました。

でも、100人いれば100人全員が利益を上げらえるわけでもありませんが・・・。

 

そして、2007年8月、アメリカのサブプライムローン問題が顕在化。

為替相場は一気に円高に振れ、それまで順調に利益を出していた投資家たちは多くの損失を抱えることになりました。

盛者必衰の理をあらわす 

FXで一儲けした孫子さん

そんな中、翌2007年9月、「金融商品取引法」が改正されて、投資家保護が進むことになりました。

そして、2010年にレバレッジが最大50倍に規制され、続いて2011年には最大25倍に規制強化されて行ったのです。

このレバレッジの規制に対して不満のある投資家たちは、海外のFX業者を利用するようになりました。

 

結局、FXってやってみないと分からない(^^;

ここまで、ざっくりとFXの歴史を振り返ってみました。

 

今回は、FXの歴史を知れば、FXの面白さも少しは違ってくると思って調べてみましたが、やはり思った通り楽しくなってきました。

知らないことを知るのは、本当に楽しいですね(純粋な知識欲が満たされます)。

今後は、実際にFXの取引をするために必要は口座の開設や、実際に売買するタイミングをどうするのかをいろいろと研究していく必要があります。

特に、売買タイミングの見極めに関しては、いろいろな手法があるみたいなので、今から楽しみです。

ということで、今回はFXの歴史をざっくりと調べてご紹介しました。

おしまい

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KEN46
コンピュータの専門学校を卒業後、先物取引の会社に入社。3か月間の研修後、現場に配属されるも1ヵ月で退社。その後、ITバブルのころ派遣で仕事をしていた会社が上場。正社員が小金持ちになっていく姿を目の当たりにする。これまでの投資経験は1回のみだが、ビギナーズラックで利益が出た。2018年、とある事情でFXに挑戦してみることに・・・。
 

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